離婚から数年が経ったとある日。
結衣さんが泣き腫らした顔で訪ねてきました。
「元旦那が嫌な噂を流してるの…」
取り急ぎミルクをたっぷり入れた温かい紅茶を淹れて。
こくりと飲んで落ち着いたところで、
ゆっくり聞いてみたら…
「『離婚の責任は俺にない。
慰謝料も養育費も払ってないのがその証拠。
結衣に非があって離婚した』って」
誰からそんな酷い嘘を聞いたかと思えば、結衣ママだそうで…
「もちろん結衣ママは
その場で否定したんだよね」
当事者の母親ですもん。
そこはぴしゃりと言ってくれるはず。
「それがね…」
涙をぽろぽろこぼす結衣さん。
結衣ママはその場ではなにも言わなかったらしく。
それどころか結衣さんにいわれなき叱責をしたそうです。
「こんなこと言われたけどどういうこと?
恥かいたじゃないっ」
沈黙は肯定とも取られかねず、
きっちり否定しなければならなかったところなのに…
いつも明るくポジティブ全開の結衣さんが
ここまでしょんぼりしていることは初めてで。
それまでにはなかったくらい、自身のネガティブな気持ちを吐露してくれました。
「駆け落ちみたいに結婚して
実家に迷惑を掛けたから、
我慢しなくちゃいけないって思ってて。
でも、灯にはなんの罪もないし、
真っ直ぐ楽しく育てたいの」
「結衣ママ酷いよ。
言いすぎだったら謝るけど、
今までのことも含めても
実の娘に対して嫌がらせがすぎると思う」
「母は理不尽な義両親に苦しめられていたから…
仕方なかったのかも。
自分が受けたことを誰かに仕返すことで
精神の安定を保っていたような気がする」
「だからって結衣さんが犠牲になるなんて…
それって自分がされたことを
もっと弱い立場の人にする【負の連鎖】でしょ?
じゃあ逆に訊くけど、
結衣さんは自分がされた嫌なことを
灯くんに意地悪して鬱憤を晴らす?」
目を丸くして首をぶんぶん振る結衣さん。
「結衣さん。自分を大切にして。
結衣さんは誰からも虐げられていい存在じゃないんだよ。
灯くんにとって大切な唯一の【お母さん】なんだから」
私の言葉に目を瞠って、うんうん頷く結衣さん。
「灯くんだって結衣さんの幸せを願ってる。
結衣さんが哀しいときは灯くんもつらいよ。
大好きな【お母さん】なんだもん」
「…私、母に対してそんな風に思ったことなかった。
大好きな【お母さん】だなんて。
機嫌を損ねないように、失敗しないように…って。
そういう、ことなんだね」
そう、そういうこと。
親子の結びつきって【無償の愛】で繋がって受け継がれるものなんだよ。
「だからこそ…灯を愛情いっぱいに育てたかったの。
あ、負の連鎖を断ち切るために愛そうと
努力したとかじゃなくて、
そもそもめちゃめちゃ可愛くて大好きで
幸せが止まらないだけなんだけどもね」
めっちゃ照れながら身をよじる結衣さん。
灯くんを語る結衣さんはいつも幸せそうで聞いてる私がほんわかします。
「私、自分のこと大切にしてみる。
自分の好きなことや心地いいことに
もっと素直になってみる」
【負の連鎖】をつないで溜飲を下げる結衣ママと、
【負の連鎖】が自然に断ち切れる愛情深い結衣さん。
このあと事態は【因果応報】ともとれるくらい急変します。